はじめに


 2015年5月24日、聖霊降臨の祭日に公にされた教皇フランシスコの回勅「ラウダート・シ」は、地球の現状を強く憂い、それによって弱い立場の人がますます弱くされ、貧しい人ががさらに貧しくされていることを訴え、世界中に大きな波紋を投げかけた。地球があまりにも傷つき、汚染され、破壊されているのに、政治や経済が優先され、人類の尊厳が深く傷つけられているからである。
 日本ではこの回勅の翻訳の遅れと回勅に対する反応の鈍さとで、それほど大きな話題にはならなかった。何故日本のカトリック教会で回勅への取り組みが鈍いのかというと、回勅が取り上げている環境の危機という問題は、教会では信仰の問題として取り上げられてこなかったからである。そのために日本のカトリック教会内で環境問題の専門家がほとんどいなく、回勅の一般向け解説書はいまだに現れていない。
 そのような状態の中で、自分用に解説書でも作ってみるか、と思い立った。ただ、私は神学や聖書の専門家でもなければ、環境問題の専門家でもなく、一介のただの神父に過ぎない。しかし、二十年間、山の中で無農薬・有機栽培による農業をしてきたものとして、また、農業の生活に入る以前から、環境問題には市民運動を通して関わり、また、それなりに環境問題やエコロジーの実践としての場としての農業を生きてきた者として、この回勅に無関心でいることはできない。

 この回勅は、一刻の猶予も許されないほど瀬戸際に立たされている地球を守るよう、行動を促している回勅である。ただ読むだけでは何の意味もない。実践、実行があってこそこの回勅は意味を持ってくる。読むものの真剣さが問われてくる回勅である。

 地球環境汚染や環境破壊、地球温暖化等による様々な問題が浮かび上がり、その一日も早い解決が叫ばれ、政治問題にもなっているときに、エコロジーの発想は、閉塞状態にあるヨーロッパ思想に大きな風穴を開けてくれた。それはまた、キリスト教にも大きな影響を与えてくれた。「ラウダート・シ」はそれを如実に示してくれている切実な回勅である。
 この回勅は、ただ単に地球環境汚染や破壊に警鐘を鳴らしているだけではない。ここまで地球を傷つけてしまった私たちの価値観や生活様式、あくまでも利益や豊かさを追求する政治経済機構に回心と刷新を求めるとともに、大きな精神的背景をなしてきたヨーロッパ・キリスト教の思想構造にまで踏み込んで回心を求めている。

 この回勅を読んでいるうちに気づいたことが二点ほどある。その一つは、ヨーロッパ思想に大きな影響を与えている二元論の克服と、もう一つは外からの発想ではなく内からの発想であること、教皇はそう意図していないだろうけど、私から見ると限りなく東洋の思想、とくに日本の禅仏教の思想に近づいている、と思われる。
 この回勅は、ヨーロッパキリスト教の日本への受肉化に大きく寄与するのではないかと考えている。

 この回勅は六章からなっているが、第二バチカン公会議でも採用された「見る」「判断する」「実行する」という三段階からなっている。それぞれ各段階に二章づつあてられている。そしてその各段階は「世界ー教会」という観点から考察されている。ただ第4章は地球共同体的にエコロジーの観点から述べられている。
 第一章と第二章は、現実の世界と聖書を「見る」ことに当てられている。
 第三章と第四章は、現実の世界をエコロジーの観点から、判断している。
 第五章と第六章は、実行するための指針と行動、教育と、キリスト教を含むヨーロッパ思想への大胆な提言となっている。

第一章 ともに暮らす家に起きていること
  この章は、今、現に地球上で起きているさまざまな危機が語られている。
 この章の参考として、私のホームページの「エコロジーの部屋」の「いま地球で」をご覧になってほしい。いま現に起こっている地球の危機について、イラストを交えてわかりやすく(?)解説しているつもりである。二十年も前の文章ではあるが、いまもそのまま通用するということは、残念である。

第二章 創造の福音
 この回勅の根底をなす、聖書的、神学的根拠が語られている。ここで、最新の聖書研究に基づいた、大胆な発言が目を引く。

第三章 生態学的危機の人間的根源
 科学技術至上主義と人間中心主義の及ぼす大きくも深い弊害。人類はこれを克服できるのだろうか。

第四章 総合的(インテグラル)なエコロジー
 西洋思想は二元論と分析の上に成り立っている。エコロジーはこの二元論の克服と統合(インテグラル)の上に成り立つ。インテグラルは総合的というより、統合(綜合)的である。
 ここに現代世界を救うエコロジーの重要性がある。

第五章 方向転換の指針と行動の概要
 現代世界の政治、経済、社会、そして、個人が有している価値観やライフスタイルを転換していくためには、対立・分裂ではなく、対話が必要である。対立と競合という弁証法的な解決方法ではなく、対話と交わりという、実にエコロジカルな手段が必要である。

第六章 エコロジカルな教育とエコロジカルな霊性
 地球を守るために人々の考え方や価値観、ライフスタイルを変えていくためには教育が必要である。
 そして、その価値観の根底にあるのは、神とともにある深い霊性である。新しい世界が開けてきたエコロジカルな霊性。この回勅の最も感動する箇所である。


 じつはフランシスコ修道会(本名は小さき兄弟会)の総長マイケル・アンソニー・ペリーがフランシスコ会側からのコミットメント(行動責任)として、2016年7月26日に「地球の叫びと貧しい人々の叫び ー 被造物の保護に関するフランシスコ会スタディガイド」を出している。これはフランシスコ会内部資料で、小冊子ではあるが結構まともな解説書である。
 また、今年(17年)になって、ローマ本部より『「ラウダート・シ」を考えるための資料』の日本語版が出されている。この資料は「ラウダート・シ」の読書と分かち合い、聖書と祈りの集会で、五週サイクルで行われる学習と祈りの手引きである。
 なお、この日本語版の2冊は、次のところでダウンロードできる。
「スタディガイド」
   http://www.ofm-j.or.jp/doc/LaudatoSi-OFM-StudyGuideJP.pdf

「考えるための資料」
   http://www.ofm-j.or.jp/doc/LaudatoSi-ReflectionResourceJP.pdf

 ここはフランシスコ会(小さき兄弟会)日本管区のホームページです。

  回勅「ラウダート・シ」 ともに暮らす家を大切に  教皇フランシスコ
                       カトリック中央協議会 

 アシジの聖フランシスコ「太陽の歌」はこちら

 私の資料として「エコロジーの部屋」、とくにその中の「いま地球で」が参考になれば幸いです。

 以下、「ラウダート・シ」の解説において、冒頭の数字は本文の数字、それに続く小見出しは私がつけたもの、茶色の文は本文からの引用、黒い字は私の解説である。